大宮日記 ラテン語、チョコザップ、漢文、大宮図書館

食べて飲んで、勉強して、本を読んで、運動して生きていく。ここ、さいたま大宮で。

読書

【書評】不在という名の完成――『サトシ・ナカモトはだれだ?』にみる「処女懐胎」の必然

ビットコインという革命の核心は、そのソースコードの堅牢さ以上に、発明者サトシ・ナカモトが「不在」であるという事実そのものに宿っている。ベンジャミン・ウォレスによる本作は、暗号通貨という新たな神話の創世記を追いながら、その生みの親の正体を巡…

【書評】利他的個体はなぜ敗北しないのか――辻和希『利他と血縁』にみる数理的生存戦略

生命が自らの適応度を削って他者を助ける「利他性」は、自然選択の論理と一見矛盾する。しかし、辻和希は本書において、その矛盾を情緒的な「共生」の物語に逃がすことを許さない。ハミルトン則からプライス方程式へと至る数理的展開こそが、生命が選び取っ…

【書評】「自由」という名の資産を求めて――『潤日』が解剖する現代の脱出劇

「潤(ルン)」という言葉が、単なる資金逃避や不動産投資の隠語ではないことを、本書は静かに、しかし力強く突きつけてくる。舛友雄大の『潤日』は、日本という土地が、中国人富裕層にとっての「安全資産」であると同時に、窒息しそうな社会からの「非常口…

【書評】理性の防波堤を飲み込んだ「風」の正体――平山周吉『天皇機関説タイフーン』

昭和十年、日本を呑み込んだ「天皇機関説事件」の正体は、単なる右派と左派の衝突ではない。それは近代日本が曲芸的なバランスで維持してきた「顕教(立憲主義としての法理)」と「密教(国体という名の神秘的本質)」の二重構造が、制御不能な「風」によっ…

【書評】「縄文」という名の政治的無意識――革命とナショナリズムの相克:中島岳志『縄文』

我々が「縄文」と呼ぶとき、そこには常に「現代」への強烈な批評、あるいは欲望が投影されている。中島岳志の『縄文——革命とナショナリズム』は、単なる考古学の枠を超え、戦後日本人が縄文という巨大な空白にいかなる政治的幻想を書き込んできたかを解剖す…

2026年第一四半期 読書振り返り:面白かったベスト5

2026年が始まって早くも3ヶ月が過ぎた。第一四半期(1月〜3月)に読了した22冊を振り返り、私の知的好奇心を特に刺激した上位5作品をランキング形式で紹介する。 第5位:『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー(早川書房)極限状態における…

【書評】世界を記述する「対称性」の言語――ジェーン・グリーソン・ホワイト『バランスシートで読みとく世界経済史』

帳簿の右側と左側。たったそれだけの「対称性」が、人類の歴史を塗り替えた。 本書『バランスシートで読みとく世界経済史』は、ヴェネツィアの商人が発明し、ルカ・パチョーリが体系化した「複式簿記」という技術を軸に、資本主義の誕生から現代の環境問題ま…

【書評】1984年、英国。そこにあったのはディストピアより冷酷な現実――デイヴィッド・ピース『GB84』

1984年の野蛮な顎(あご)に気をつけろ」 デヴィッド・ボウイが歌い、ジョージ・オーウェルが予言した「1984年」。だが、デイヴィッド・ピースが描くこの年のイギリスは、フィクションの空想を遥かに凌駕する漆黒の闇に包まれている。 本書『GB84』は、1984…

​【書評】『昭和天皇の敗北』:象徴天皇制という「神話」の解体

小宮京 著 『昭和天皇の敗北——日本国憲法第一条をめぐる闘い』(中央公論新社) ​戦後日本を規定する「象徴天皇制」。それは昭和天皇が自らの意志で、国民の安寧を願って受け入れた「第三の聖断」であったという物語——。本書は、戦後長らく信じられてきたこ…

​【書評】『デジタルの皇帝たち』:信頼という名の隷属、あるいはアルゴリズムによる「静かなる革命」

​ヴィリ・レードンヴィルタが描く『デジタルの皇帝たち』は、かつて自由の代名詞であったインターネットが、いかにして史上空前の集権的帝国へと変貌を遂げたかを描き出す、峻烈な権力論である。 ​帝国の萌芽は、皮肉にも「相互不信」という社会の病理を解決…

​【書評】『つぎはぎだらけの脳と心』:欠陥だらけの「場当たり進化」が、人間という奇跡を造った

​デイヴィッド・リンデンによる『つぎはぎだらけの脳と心』は、脳を「究極の精緻な設計物」と崇める傲慢な幻想を根底から覆す、きわめて批評的な科学ドキュメントである。 ​著者が提示する脳の正体は、スマートなスーパーコンピューターなどではない。それは…

​【書評】『文明交錯』:逆転する征服の蹄音――「ありえたかもしれない」インカ帝国欧州侵攻

ローラン・ビネの『文明交錯』は、歴史の因果律という名の傲慢を、知的な優雅さをもって叩き潰す類稀なる虚構の記録である。 ​もし、コロンブスがアメリカ大陸に鉄と病をもたらす前に、バイキングがその地に抗体と造船技術を伝えていたら? 本書が提示する思…

​【書評】『睡眠の起源』:生命のデフォルトは「眠り」にあり――脳なき個体からの逆説的覚醒

​金谷啓之氏の『睡眠の起源』は、我々が抱く「睡眠」という概念の優先順位を根底から覆す、極めて刺激的な科学ドキュメントである。 ​本書が突きつける衝撃的な事実は、脳を持たないヒドラですら眠るという新発見だ。 睡眠は「脳を休めるための高度な機能」…

​【書評】『国鉄』:公共性という名の「緩慢な絞首刑」――鉄道経営の宿命と、JRが直面する再来の危機

石井幸孝氏の『国鉄——「日本最大の企業」の栄光と崩壊』が暴き出すのは、一企業の失敗を超えた、インフラ経営における「構造的悲劇」の真髄である。 ​鉄道経営の本質とは、莫大な固定資産を抱え、その維持更新に恒常的な再投資を要求される「装置産業」とし…

【書評】『セルフィの死』:出口なき鏡の牢獄――救済を拒絶する「私」の廃絶

本谷有希子氏の『セルフィの死』は、現代という時代の末期症状を、一切の慈悲なく描き出した「実存の終止符」である。ここに救済はない。あるのは、液晶の光に焼かれ、空洞化した人間という名の「残骸」だけだ。 本作を貫くのは、逃れようのない「喪失」の感…

【書評】『〈永遠のミサ〉西洋中世の死と奉仕の会計学』:魂の救済を「予約」する冷徹なる帳簿

「天国への階段」は、祈りだけで築かれたのではない。それは緻密な計算と、莫大な不動産、そして「遺言」という名の契約書によって舗装されていた。印出忠夫氏の『〈永遠のミサ〉西洋中世の死と奉仕の会計学』は、中世カトリック教会を「信仰の場」としてで…

【書評】『コミンテルン』:世界革命の「青写真」に潜む、抜きがたき欧州中心主義の呪縛

一九一九年、レーニンが創設したコミンテルン(第三インターナショナル)は、国境を越えたプロレタリアートの連帯を目指す「世界革命の司令塔」であった。しかし、佐々木太郎氏が紐解くその実態は、高潔な理想の裏側で、創設当初から「西洋と東洋」「理想と…

​【書評】『税と権力』:なぜ人は「奪われる」ことに納得したのか。中世の深層に眠る双務性の論理

​「どうして税を払うのか」――。 現代の我々にとって、納税は国民の義務であり、国家という暴力装置による不可避な強制として捉えられがちだ。しかし、似鳥雄一氏の『税と権力』は、その問いを権力の分散した「日本の中世」という特異なフィールドに投げかけ…

【書評】『日本人はなぜ切腹するのか』:解体される「武士道」の虚像と、臓物に宿る論理

日本文化の特異性を語る際、避けては通れない「切腹」。だが、私たちはこの凄惨な行為を、どこか「武士道」という美しい物語の枠組みに閉じ込めて理解した気になってはいないだろうか。千葉徳爾による『日本人はなぜ切腹するのか』は、そうした情緒的な解釈…

【書評】『あなたの知らない脳』:意識という名の「密航者」が暴く、自己の深淵

「自分」という存在の舵を握っているのは、果たして誰なのか。デイヴィッド・イーグルマンの『あなたの知らない脳』は、私たちが自明のものとして疑わなかった「意識」の主権を根底から覆し、脳という巨大な宇宙の真の姿を白日の下に晒す、極めて挑発的な一…

【書評】『学際的パンデミック対策』:透明性と信頼が生む、持続可能な「生の肯定」

世界が未曾有の危機に瀕したとき、国家はいかにして国民の自由と健康の天秤を取るべきか。スウェーデンの元国家疫学者アンデシュ・テグネルによる『学際的パンデミック対策』は、科学的根拠に基づき、過度な制限(ロックダウン)を拒絶し続けた一国の、孤独…

【書評】『肉は美し』:略奪された「言葉」、そして純白の狂気

ページをめくる手が、脂汗で湿るような感覚を覚えたことはあるだろうか。 アグスティナ・バステリカの『肉は美し』は、まさに読者の倫理観を「屠畜」し、解体台の上に晒け出すような、戦慄のディストピア小説である。舞台は、動物の肉がウイルス汚染により食…

【書評】『赤く染まる木々』:亡霊たちが執行する、血塗られた「歴史の再演」

ミシシッピ州マネー。この地名は、アメリカ史上最も忌まわしい記憶の一つである「エメット・ティル殺害事件」の舞台として、歴史に深く刻まれている。パーシヴァル・エヴェレットの『赤く染まる木々』は、この呪われた土地を現代の殺戮の舞台へと変貌させ、…

【書評】『プロジェクト・ヘイル・メアリー』:知性と友情が描く、宇宙最大の「逆転パス」

一月の掉尾を飾るのは、知的な興奮と震えるような感動が疾走する、至高のSFエンターテインメントだ。アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、科学への揺るぎない信頼と、種を超えた絆を、圧倒的なリーダビリティで描き出している。 物語…

【書評】『残酷な楽観性』:なぜ私たちは、自分を損なう「希望」を捨てられないのか

私たちは今、出口のない「袋小路(インパス)」の中に立っている。 ローレン・バーラントの主著『残酷な楽観性』は、私たちが当たり前のように抱く「よき生(グッド・ライフ)」への憧憬が、実は自分自身を追い詰める巧妙な罠であると告発する、衝撃的な一冊…

【書評】『大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件』:美という名の狂気、そして奪われた「進化の記憶」

「なぜ、死んだ鳥の羽のために人生を賭けるのか?」 本書が描くのは、2009年に実際に起きた、あまりにも奇妙で、そしてあまりにも罪深い盗難事件の全貌である。犯人は、将来を嘱望された20歳の天才フルート奏者、エドウィン・リスト。彼が大英自然史博物館の…

​【書評】『人間には12の感覚がある』:肉体という名の迷宮を解き明かす、知覚の革命

​私たちは、世界を「見ている」のではなく、脳が作り上げた「解釈」の中に生きている。ジャッキー・ヒギンズの筆致は、古びた「五感」というパラダイムを鮮やかに打ち砕き、知覚が渦巻く未踏の領域へと誘う。 ​本書の核心、そして特に鋭く着目されたのは、マ…

【書評】『帝国の隠し方』:虚構の地図を剥ぎ取り、「点描帝国」の真実を直視する

トランプがどうのこうのということではないだろう。アメリカの横暴は今に始まったことじゃない。その傍若無人の振る舞いは、アメリカ帝国主義によるものなのであり、そして米帝の本質は「点描帝国」なのだ。本書はそれを明晰に暴露する。 ​私たちが「アメリ…

【書評】「犠牲者」という名の動態的な記憶装置――高橋秀寿『ナチ時代のドイツ国民も「犠牲者」だったのか』

本書を読み終えて、私が抱いていた「犠牲者」という言葉の輪郭が、音を立てて崩れ、再構築されるのを感じた。高橋秀寿氏による本書は、単なる戦後ドイツの被害記録ではない。それは、「犠牲者」という概念が、いかにして政治的に選択・加工され、国家のアイ…

【書評】忘却の淵から掬い上げられた、ある「無名の」抵抗の記録――『わたしがナチスに首をはねられるまで』

​​2026年の読書は、衝撃的な一冊から始まった。ミリアム・ルロワ著『わたしがナチスに首をはねられるまで』。タイトルからして戦慄を覚えるが、読み終えた今、私の心に刻まれているのは、理不尽な死の記録以上に、一人の女性が「自分自身を取り戻そうとした…