読書
ビットコインという革命の核心は、そのソースコードの堅牢さ以上に、発明者サトシ・ナカモトが「不在」であるという事実そのものに宿っている。ベンジャミン・ウォレスによる本作は、暗号通貨という新たな神話の創世記を追いながら、その生みの親の正体を巡…
生命が自らの適応度を削って他者を助ける「利他性」は、自然選択の論理と一見矛盾する。しかし、辻和希は本書において、その矛盾を情緒的な「共生」の物語に逃がすことを許さない。ハミルトン則からプライス方程式へと至る数理的展開こそが、生命が選び取っ…
「潤(ルン)」という言葉が、単なる資金逃避や不動産投資の隠語ではないことを、本書は静かに、しかし力強く突きつけてくる。舛友雄大の『潤日』は、日本という土地が、中国人富裕層にとっての「安全資産」であると同時に、窒息しそうな社会からの「非常口…
昭和十年、日本を呑み込んだ「天皇機関説事件」の正体は、単なる右派と左派の衝突ではない。それは近代日本が曲芸的なバランスで維持してきた「顕教(立憲主義としての法理)」と「密教(国体という名の神秘的本質)」の二重構造が、制御不能な「風」によっ…
我々が「縄文」と呼ぶとき、そこには常に「現代」への強烈な批評、あるいは欲望が投影されている。中島岳志の『縄文——革命とナショナリズム』は、単なる考古学の枠を超え、戦後日本人が縄文という巨大な空白にいかなる政治的幻想を書き込んできたかを解剖す…
2026年が始まって早くも3ヶ月が過ぎた。第一四半期(1月〜3月)に読了した22冊を振り返り、私の知的好奇心を特に刺激した上位5作品をランキング形式で紹介する。 第5位:『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー(早川書房)極限状態における…
帳簿の右側と左側。たったそれだけの「対称性」が、人類の歴史を塗り替えた。 本書『バランスシートで読みとく世界経済史』は、ヴェネツィアの商人が発明し、ルカ・パチョーリが体系化した「複式簿記」という技術を軸に、資本主義の誕生から現代の環境問題ま…
1984年の野蛮な顎(あご)に気をつけろ」 デヴィッド・ボウイが歌い、ジョージ・オーウェルが予言した「1984年」。だが、デイヴィッド・ピースが描くこの年のイギリスは、フィクションの空想を遥かに凌駕する漆黒の闇に包まれている。 本書『GB84』は、1984…
小宮京 著 『昭和天皇の敗北——日本国憲法第一条をめぐる闘い』(中央公論新社) 戦後日本を規定する「象徴天皇制」。それは昭和天皇が自らの意志で、国民の安寧を願って受け入れた「第三の聖断」であったという物語——。本書は、戦後長らく信じられてきたこ…
ヴィリ・レードンヴィルタが描く『デジタルの皇帝たち』は、かつて自由の代名詞であったインターネットが、いかにして史上空前の集権的帝国へと変貌を遂げたかを描き出す、峻烈な権力論である。 帝国の萌芽は、皮肉にも「相互不信」という社会の病理を解決…
デイヴィッド・リンデンによる『つぎはぎだらけの脳と心』は、脳を「究極の精緻な設計物」と崇める傲慢な幻想を根底から覆す、きわめて批評的な科学ドキュメントである。 著者が提示する脳の正体は、スマートなスーパーコンピューターなどではない。それは…
ローラン・ビネの『文明交錯』は、歴史の因果律という名の傲慢を、知的な優雅さをもって叩き潰す類稀なる虚構の記録である。 もし、コロンブスがアメリカ大陸に鉄と病をもたらす前に、バイキングがその地に抗体と造船技術を伝えていたら? 本書が提示する思…
金谷啓之氏の『睡眠の起源』は、我々が抱く「睡眠」という概念の優先順位を根底から覆す、極めて刺激的な科学ドキュメントである。 本書が突きつける衝撃的な事実は、脳を持たないヒドラですら眠るという新発見だ。 睡眠は「脳を休めるための高度な機能」…
石井幸孝氏の『国鉄——「日本最大の企業」の栄光と崩壊』が暴き出すのは、一企業の失敗を超えた、インフラ経営における「構造的悲劇」の真髄である。 鉄道経営の本質とは、莫大な固定資産を抱え、その維持更新に恒常的な再投資を要求される「装置産業」とし…
本谷有希子氏の『セルフィの死』は、現代という時代の末期症状を、一切の慈悲なく描き出した「実存の終止符」である。ここに救済はない。あるのは、液晶の光に焼かれ、空洞化した人間という名の「残骸」だけだ。 本作を貫くのは、逃れようのない「喪失」の感…
「天国への階段」は、祈りだけで築かれたのではない。それは緻密な計算と、莫大な不動産、そして「遺言」という名の契約書によって舗装されていた。印出忠夫氏の『〈永遠のミサ〉西洋中世の死と奉仕の会計学』は、中世カトリック教会を「信仰の場」としてで…
一九一九年、レーニンが創設したコミンテルン(第三インターナショナル)は、国境を越えたプロレタリアートの連帯を目指す「世界革命の司令塔」であった。しかし、佐々木太郎氏が紐解くその実態は、高潔な理想の裏側で、創設当初から「西洋と東洋」「理想と…
「どうして税を払うのか」――。 現代の我々にとって、納税は国民の義務であり、国家という暴力装置による不可避な強制として捉えられがちだ。しかし、似鳥雄一氏の『税と権力』は、その問いを権力の分散した「日本の中世」という特異なフィールドに投げかけ…
日本文化の特異性を語る際、避けては通れない「切腹」。だが、私たちはこの凄惨な行為を、どこか「武士道」という美しい物語の枠組みに閉じ込めて理解した気になってはいないだろうか。千葉徳爾による『日本人はなぜ切腹するのか』は、そうした情緒的な解釈…
「自分」という存在の舵を握っているのは、果たして誰なのか。デイヴィッド・イーグルマンの『あなたの知らない脳』は、私たちが自明のものとして疑わなかった「意識」の主権を根底から覆し、脳という巨大な宇宙の真の姿を白日の下に晒す、極めて挑発的な一…
世界が未曾有の危機に瀕したとき、国家はいかにして国民の自由と健康の天秤を取るべきか。スウェーデンの元国家疫学者アンデシュ・テグネルによる『学際的パンデミック対策』は、科学的根拠に基づき、過度な制限(ロックダウン)を拒絶し続けた一国の、孤独…
ページをめくる手が、脂汗で湿るような感覚を覚えたことはあるだろうか。 アグスティナ・バステリカの『肉は美し』は、まさに読者の倫理観を「屠畜」し、解体台の上に晒け出すような、戦慄のディストピア小説である。舞台は、動物の肉がウイルス汚染により食…
ミシシッピ州マネー。この地名は、アメリカ史上最も忌まわしい記憶の一つである「エメット・ティル殺害事件」の舞台として、歴史に深く刻まれている。パーシヴァル・エヴェレットの『赤く染まる木々』は、この呪われた土地を現代の殺戮の舞台へと変貌させ、…
一月の掉尾を飾るのは、知的な興奮と震えるような感動が疾走する、至高のSFエンターテインメントだ。アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、科学への揺るぎない信頼と、種を超えた絆を、圧倒的なリーダビリティで描き出している。 物語…
私たちは今、出口のない「袋小路(インパス)」の中に立っている。 ローレン・バーラントの主著『残酷な楽観性』は、私たちが当たり前のように抱く「よき生(グッド・ライフ)」への憧憬が、実は自分自身を追い詰める巧妙な罠であると告発する、衝撃的な一冊…
「なぜ、死んだ鳥の羽のために人生を賭けるのか?」 本書が描くのは、2009年に実際に起きた、あまりにも奇妙で、そしてあまりにも罪深い盗難事件の全貌である。犯人は、将来を嘱望された20歳の天才フルート奏者、エドウィン・リスト。彼が大英自然史博物館の…
私たちは、世界を「見ている」のではなく、脳が作り上げた「解釈」の中に生きている。ジャッキー・ヒギンズの筆致は、古びた「五感」というパラダイムを鮮やかに打ち砕き、知覚が渦巻く未踏の領域へと誘う。 本書の核心、そして特に鋭く着目されたのは、マ…
トランプがどうのこうのということではないだろう。アメリカの横暴は今に始まったことじゃない。その傍若無人の振る舞いは、アメリカ帝国主義によるものなのであり、そして米帝の本質は「点描帝国」なのだ。本書はそれを明晰に暴露する。 私たちが「アメリ…
本書を読み終えて、私が抱いていた「犠牲者」という言葉の輪郭が、音を立てて崩れ、再構築されるのを感じた。高橋秀寿氏による本書は、単なる戦後ドイツの被害記録ではない。それは、「犠牲者」という概念が、いかにして政治的に選択・加工され、国家のアイ…
2026年の読書は、衝撃的な一冊から始まった。ミリアム・ルロワ著『わたしがナチスに首をはねられるまで』。タイトルからして戦慄を覚えるが、読み終えた今、私の心に刻まれているのは、理不尽な死の記録以上に、一人の女性が「自分自身を取り戻そうとした…